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掛川簡易裁判所 昭和52年(ろ)6号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実は、

被告人は、石川千鶴子が公安委員会の運転免許を受けないで運転することを知りながら同人に普通自動車(軽四輪貨物自動車)を貸与し、同人が昭和五二年四月一一日午前九時三〇分ころ掛川市板沢八五二番地付近道路において右自動車を運転するのを容易にさせ、もって右無免許運転行為を幇助したものである。

というのである。

二、《証拠省略》によれば、公訴事実記載の日時場所付近道路において被告人が石川千鶴子に対し普通自動車(軽四輪貨物自動車)を貸与し、同所で右石川千鶴子がこれを運転したことを認めることができるけれども、本件当時右石川千鶴子は普通自動車仮免許を受けていたことが明らかであって同人の所為について無免許運転罪は成立せず、したがって被告人の右自動車貸与行為は無免許運転幇助罪を構成しない。

すなわち、前記証拠のほか《証拠省略》によると、石川千鶴子は昭和五一年一〇月一六日掛川自動車学校(指定自動車教習所)へ入校、同五二年三月八日普通自動車仮免許を取得したのち所程の教習を終了して同年四月四日同校を卒業したこと、同年四月一一日運転免許試験に合格し、同年五月六日第一種免許に係る免許証(普通自動車免許)の交付を受けたこと、並びに右免許証の交付を受けるまで同人に対する仮免許は取消されることがなかったことを認めることができる。

右の事実に徴すると、本件当時石川千鶴子の受けていた仮免許はその効力を失っていなかったものであって、同人の本件運転行為は無免許運転にあたらないことが明らかである。

三、検察官は、指定自動車教習所にあっては、静岡県公安委員会規則の委任に基づく同県警察本部長通達「指定自動車教習所関係事務処理要領」により、仮運転免許試験、仮免許証の作成のみならずその保管、貸出、返納について当該教習所管理者にその責を義務づけており、それによれば、仮免許証は教習生在所中その者より委託を受けて教習所管理者のもとで一括して保管する取扱いになっていて教習生の自由な使用を制限している。それは仮免許が教習所における教習課程の履修の必要を目的としているからである。そして、教習終了の段階で仮免許所持の目的は終了し、その後は卒業者の返納委託に基づき教習所管理者において仮免許証を保管している。本件における石川千鶴子についても同様であり、同人は掛川自動車学校卒業時に同校管理者に仮免許証を返納委託し、爾後仮免許自体を消滅させたと認識していたのであるから、本件当時同人に対する仮免許の効力は失われていた。よって同人に対する無免許運転罪が成立すると主張する。

四、しかしながら、そもそも自動車の運転免許は一般的に禁止されている自動車運転行為について行政機関が特定人に対し特定の場合にその禁止を解除する行政処分である。いわゆる警察許可の一種と認められるのであるから、その形式、効力等について道路交通法に定めるものを除いて警察許可に関する行政法上の一般原則が適用されることになる。道路交通法は、有効な運転免許の効力が失われ、あるいは効力が停止される場合として、免許の取消し、運転免許試験合格の決定の取消し、免許の効力の停止・仮停止という行政処分に基づくことを定めるほか免許を受けた者が免許証の更新を受けなかったときに失効する旨を定め、その他に運転免許が失効する場合についての定めはない。そうすると、所論のようないわゆる免許証の自発的返納は行政上意味を持たないといわなければならない。

仮免許についても右と別異に解すべき理由はない。前記「事務処理要領」において教習終了後におけるその主張するような返納委託に関する事務処理の定めがないのは実務上その返納を認めないためであるとみられる。

又、仮免許は本来道路における練習運転のために与えられるものであり、その他に技能試験、技能検定に際し受験者にその取得を義務づけているのはいずれにあっても道路における交通の危険防止ないし安全化を図るためのものであって、所論のように指定自動車教習所における教習課程の履修の必要に限定されるべき理由はなく、実際上教習所修了者が教習終了後も練習運転をする必要があることはいうまでもない。現に掛川自動車学校長の検察官に対する電話回答書(昭和五二年六月五日付)によると、同校管理者は石川千鶴子を含む同校卒業生に対し卒業後練習運転をするときに仮免許証の貸出を受けて行なうように指示していることが認められるのである。

これを要するに、石川千鶴子においていわゆる仮免許証の自発的返納をなしたこと、又は同人に対して仮免許保有の目的が終了したことを前提とし、それらの事由によって同人に対する仮免許の効力が失われたとする検察官の主張は採用できない。

五、以上の次第で、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 喜多昭二)

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